開催レポート【後編】職場のメンタルヘルス対策講座〜理論と実践の両面から理解する〜

講演2:医療法人悠仁会 理事長 稲田泰之氏
メンタルヘルス不調への対応と支援
 〜人事労務の不安と本人の不安症をどう解消するか〜

本レポートは、2018年5月16日に日本ストレスマネジメント研究所、大阪府総合労働事務所、田辺三菱製薬株式会社 共催、一般社団法人日本産業カウンセラー協会関西支部の協力で行われた「職場のメンタルヘルス対策講座〜理論と実践の両面から理解する〜」について、前編と後編の2回にわたり、開催のご報告をさせていただきます。

当日ご参加いただきました皆様には、あらためて御礼を申し上げます。

今回のセミナーは、職種の異なる講師2名の講演による、2部構成で実施させていただきました。

本記事では「メンタルヘルス不調への対応と支援 〜人事労務の不安と本人の不安症をどう解消するか〜」と題して後半に行われた、当法人代表理事でもある医療法人悠仁会 理事長の稲田泰之 氏による講演をレポートいたします。

職場のメンタルヘルスで不安が問題になる時

まず、講演冒頭では全体の流れが整理されました。通常、職場のメンタルヘルス領域で、不安症(不安障害:以下、全て表記を統一し不安症としています)をテーマにした議論が行われることは、ほとんどありません。そのため、聴講者の皆様に馴染みがない話題であることを踏まえ、職場のメンタルヘルスで「不安」が問題になる場合として、①本人の抑うつ症状の背景に、不安症がある場合、②人事労務・管理監督者がメンタルヘルス不調を呈した人への対応を誤らないか不安になる場合、③メンタルヘルス不調を呈したご本人が治療や職場復帰の過程で、再び穏やかに過ごせるようになり、その生活を維持できるか不安になる場合、の3つの状況取り上げ、順を追って解説を進めていくことが示されました。

職場のメンタルヘルスの盲点としての不安症

職場のメンタルヘルスにおいて、最も頻発する症状は、うつ病や適応障害などの抑うつ症状を呈する疾患です。また、近年では大人の発達障害が注目を集めており、重要なトピックとなりつつあります。しかし、職場のメンタルヘルスにおいて、不安症という一連の疾患群にスポットライトが当たるということは、これまでほとんどありませんでした。それ故にその症状が見過ごされたり、治療が上手くいかなかったりという事態が発生しており、多くの就労者が苦しみ、職場も支援に苦慮している現実があります。

抑うつ症状の背景にある不安症

そこで、本講演では参加者の皆さんに不安症の基本的知識を知っていただくため、パニック症と社交不安症、それぞれの症状と治療法が解説されました。ただし、職場のメンタルヘルスにおける不安症の問題を正しく見極めるためには、これらの症状について、単に知っているだけでは不十分な場合があります。なぜなら不安症の症状は、抑うつ症状という別の症状の影に隠れて目立たなくなってしまう場合があるからです。講演では具体的な事例として、“適応障害と診断されていた人が、実はもともと社交不安症を発症しており、そのことを見落としていたために復職が失敗してしまう”というケースを取り上げました。

そのケースは、元々社交不安症を有する会社員の方が、対人接触業務に過度なストレスを感じ、その結果、二次的に適応障害を発症してしまうというものでした。しかし、主治医は社交不安の問題を捉えきれておらず、職場も適応障害の診断書を受け取り、よくある抑うつ症状の事案として対応がなされます。また、本人も人と接する場面での過剰な不安は性格の問題と捉えていました。そのため、このケースでは、不調の根本原因である社交不安の症状には何の介入もされないまま、一定期間の休職を経ただけで復職を迎えることとなります。休職中は苦手な状況から距離を置いて療養できるため、当然抑うつ症状は改善していますが、復職すると状況は一変します。この会社員の方は、仕事で対人接触場面に直面した途端に、再び強いストレスを感じ、その結果抑うつ症状が再燃してしまったのです。

この事例のように、不安症が原因で二次的に抑うつ症状を呈するということはよくある事であり、その場合は原因となる不安症を治療する必要があります。抑うつ症状の背後にある、不安症を的確に見極めるためには、専門医療機関を受診することが大切です。

また、本講演では発達障害と社交不安症の誤診についても、注意を喚起する内容の話がなされました。近年、発達障害は急速に認知度が上がっており、中には一通りの心理検査と現時点での症状のみで安易に発達障害と診断する医療機関も少なくありません。そのため、本来、社交不安症に起因している、コミュニケーション不全の問題を、発達障害の一つである自閉症スペクトラム障害と見誤ってしまうという事態も発生しています。社交不安症の患者さんは、心理検査の場面などでも非常に緊張しやすかったりするため、検査場面で本来の能力を発揮しづらく、そのことが誤診につながる一因にもなっているとのことでした。

講演前半では、不安症について、その疾患そのものについて知っておく必要があることはもちろん、他の疾患との関係で、どのような問題が生じるのかを知ることが重要であることが示されました。

人事労務担当者が安心して支援にあたるためには

講演の後半では、人事労務担当者や管理職がメンタルヘルス不調を呈した社員を支援する際に感じる不安が大きなテーマとなりました。メンタルヘルス不調への対応は、講演1でも紹介があったように、法的なリスクマネジメントの問題とは切っても切れない関係があります。それ故に実際に対応支援にあたる人事労務担当者や管理職もまた、大きな不安とともに、そのプロセスを進めていくことになります。今回の研修に多くの方が足を運んでくださった背景にも、支援する立場としての不安や戸惑いがあったのではないでしょうか。

しかし、対応・支援する立場の会社や、その担当者の対応に一貫性がなかったり、不明瞭な点があると、不調を呈した社員の方々に大きな不安を与えてしまします。さらに気をつけなくてはいけないのは、対応・支援方法に見通しや自信の持てない人事労務担当者や管理職が、先述のリスクマネジメントの側面にだけ注意を向け過ぎると、過剰に身構えた対応になってしまい、不調を呈した社員と、本来無用な対立関係に陥ってしまう恐れがあるという点です。職場のメンタルヘルスの問題は、労使間の対立や労働争議に結びつきやすいと言われますが、会社の人事労務担当者、管理職の対応への見通しの持てなさや自身のなさから生じる不安と不調者本人の不安が悪循環を起こして、やがて対立が深まっていくということも一因の一つかもしれません。

では、人事労務担当者や管理職が安心して支援にあたるためには何が必要なのでしょうか。本講演では、①ルール、②ツール、③専門家の3つを整備することが重要であると提言がなされました。

ルールとは、就業規則や支援のためのマニュアル等を指します。本講演では厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」が紹介され、手引きをもとに自社のマニュアルを形にすることが推奨されました。近年では働き方改革の一環として、メンタルヘルスに限らず病気と仕事の両立を支援する社内制度の構築が推奨されています。必要に応じて、就業規則も改定し、いつ、誰が、何を行うかが明示されているマニュアルを作成すると、人事労務担当者や管理職は判断に迷うことが少なくなります。本講演では、ルールやマニュアルを整備することは、治療と就業の両立支援に関する自社の価値観の表明であるとともに、メンタルヘルス不調への対応で生じがちな支援の不平等を最小化する有用な手立てになるとして、強く推奨されました。

ルールを整備すると、それに対応する各種の書式や書類などのツールが必要になります。まず、職場のメンタルヘルス不調の事例では必ず用いられる医療機関からの診断書について説明がなされ、適切な支援を行うためには、診断書に加えて意見書を求めることが重要であると解説されました。診断書の問題点として、①就業状の措置に関する判断を行うためには診断書の文言だけでは不十分な場合が多い=情報の不足、②職場が対応不可能な要望が自由に記載される場合がある=要望の過剰 の2つが指摘され、その情報の過不足を補正するものとして、主治医意見書の効果的な活用が提言されました。また、メンタルヘルス不調を呈した本人には、会社からも様々な情報提供を行うことが必要となりますが、その際に用いる書類についても、あらかじめ一連の様式を用意しておき、可能であれば冊子形式にまとめておくなどの工夫が有用であると紹介されました。

このようなルールやツールを整備する際に生じるのが、非専門家だけで適切なものが形にできるかという問題です。結論から言うと、やはり産業医や精神科医、弁護士や社会保険労務士といった専門家のアドバイスなしに、ルールやツールを形作ることは難しく、3つ目の要素である専門家が重要になってきます。本講演が行われた2018年5月時点では、産業保健総合支援センターのメンタルヘルス対策促進員が企業の支援制度作成を支援する「心の健康づくり計画助成金」の制度がありましたが、そのような制度も活用しながら、必ず専門家の関与のもとルールとツールを整備するよう提言がなされました。

ルール・ツール・専門家の充実は本人支援にも直結する

講演の最後にはメンタルヘルス不調を呈した、ご本人の不安を解消するという観点から、先に示されたルール・ツール・専門家の3つの支援リソースの重要性について論じられました。そして、これらの支援リソースには、それぞれのメリットと注意点があり、3つがそれぞれ注意点を解消する相互補完的な役割を担っていることが説明されました。詳しくは以下の表にまとめていますので、ご参照ください。

本人に与えるメリット注意点と対応策
ルール一律の対応によって、疑心暗鬼になりがちな不調者に安心を与える。 職場復帰までの手順が明確化されることで、先行き不安が軽減される。規則の文書そのものを提示すると本人に圧迫感・負担感を与える。 「規則」=「制限するもの、罰するもの」というニュアンスがある。

支援であるということが伝わるようツールを工夫する
ツール多くの不調者は就業制限や休業が初めての経験なので、得られた情報や見通しが安心感につながる。 医療機関が職場のメンタルヘルスを専門としていない場合、主治医の説明を補うことになり安心感に繋がる。メンタルヘルス不調の状態であっても理解しやすく、誤解を与えないように、言葉づかいや読みやすさに配慮する必要がある。

専門家の助言を得る
専門家職場のメンタルヘルスに対応可能な産業医がいれば、セカンドオピニオンの役割を果たし、治療の見直しに繋がる。 医療機関での診療に比べて、より職場の事情や実態に即した助言指導を得られる。ルールやツールと異なり「人」の部分なので、専門家の資質や相性によって支援がうまくいかない恐れもある。

定式化できるルールやツールを可能な限り整え属人性を排除す

チーム支援の重要性

以上、非常に盛りだくさんの内容でしたが、参加者の皆様には熱心にご聴講いただきました。講演の最後には、「支援する立場の人たちも抱え込まないように」と注意喚起がなされ、支援は必ずチームで相談、決定することや事業場内のチームが行き詰まった時は事業場外支援の活用することが勧められました。本研修会が、人事労務担当者や管理職の方、ひいてはメンタルヘルス不調に関する困りごとを抱えている皆さんの一助になることを願っています。

参考図書

稲田泰之(監修)・楠 無我、平川沙織(編集) 2018 上司と部下のためのソーシャルスキル,BookTrip,大阪.
*上記書名および画像から、外部サイト(i-quon.com)にリンクしています。

本記事は講師の許可を得て日本ストレスマネジメント研究所が独自にまとめたものです。

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