開催レポート【前編】職場のメンタルヘルス対策講座〜理論と実践の両面から理解する〜

講演1:大阪経済大学経営学部 教授 田中健吾氏
職業性ストレスとコミュニケーション
  〜職場環境改善のために必要な知識とスキル〜

本レポートでは、2018年5月16日に日本ストレスマネジメント研究所、大阪府総合労働事務所、田辺三菱製薬株式会社 共催、一般社団法人日本産業カウンセラー協会関西支部の協力で行われた「職場のメンタルヘルス対策講座〜理論と実践の両面から理解する〜」について、前編と後編の2回にわたり、開催のご報告をさせていただきます。

当日ご参加いただきました皆様には、あらためて御礼を申し上げます。

今回のセミナーは、職種の異なる講師2名の講演による、2部構成で実施させていただきました。

本記事では「職業性ストレスとコミュニケーション 〜職場環境改善のために必要な知識とスキル〜」と題して前半に行われた、当法人理事でもある大阪経済大学経営学部 教授の田中健吾 氏による講演をレポートいたします。

職場のメンタルヘルス対策の重要性と管理職の責任性

まず、講演冒頭では主に法的リスクの観点から、事業場が職場のメンタルヘルス対策を行うことの意義が解説されました。特に重要な判例として、1991年に発生し、2000年に最高裁判決が出た電通の過労自殺事件(第一の電通事件)が紹介され、この判例が職場のメンタルヘルスにおいて一つのターニングポイントであったことが示されました。具体的には①業務関連負担とメンタルヘルス不調の因果関係が明確に認定された、②精神疾患の発症や悪化を未然防止することも安全配慮義務に含まれることが明確となったという2点が、この判例のポイントであると解説されました。

そして、このような社会的影響力の大きな判例も一つの後押しとなり、精神障害による労災認定制度の整備と周知が進められました。その請求件数と認定件数は年々増加の一途を辿っており、多くの事業場にとって身近な経営リスクの一つとなりつつあります。

さらに注意が必要なのは、講演の中で判例が示されていたことからも分かるように、労災請求だけでなく、民事訴訟として争われるケースも非常に多いという点です。その場合は事業場だけでなく、管理職が個人として訴えられるケースもあり、管理職は安全配慮義務の履行責任を負っているという自覚と、履行責任を果たすために必要な知識とスキルを身につけることが求められるとのことでした。

職場の人間関係やパワハラによるストレス

そして、話題は本講演のメインテーマである「コミュニケーション」へと移っていきました。まず示されたのは、仕事や職業生活に関する強い不安、悩み、ストレスの内容として、最も多かったのが職場の人間関係であるという結果です(「平成24年度 労働者の健康状況調査」厚生労働省,2013)。さらに同様の傾向を示す資料として、就労者対象の電話相談でも人間関係やハラスメントに関するものが半数以上を占めていること(「第11回 働く人の電話相談室 結果報告」日本産業カウンセラー協会,2017年10月11日発表)、労働局の労働紛争相談件数において、いじめや嫌がらせに関する相談が最も多いこと(「平成28年度 個別労働紛争解決制度施行状況」厚生労働省,2017)についても紹介がなされ、人間関係やハラスメントが就労者のメンタルヘルスを阻害する大きな要因であることが解説されました。

なかでも興味深かった点は、「パワハラを受けたことがある」「パワハラの相談を受けたことがある」という人が25〜30%程度いるのに対し、「パワハラをしたと感じたり、パワハラをしたと指摘されたことがある」という人が7.3%しかいないという調査結果でした(「職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書」東京海上日動リスクコンサルティング株式会社.2012)。これはパワハラの行為者側と被害者側に、大きな認識のズレがあることを示すものです。また、上司・部下間のコミュニケーションについて、双方でその評価がズレるというアンケート結果も参照しながら、立場の異なる2者間においては、コミュニケーションにズレが生じやすい現実があり、特に社会的に上の立場にある人ほど、その危険性を認識しておく必要があることが示されました。従って管理監督者の立場にあるものは、受け手にとってパワハラと認識されるような事態が生じないよう、適切なコミュニケーション能力=ソーシャルスキルを身につけることが求められます

ソーシャルスキルの重要性

ソーシャルスキルは、1)対人目標の達成をめざして、2)自らの認知や感情を調整しながら、3)実行される言語的・非言語的な対人行動 と専門的に定義されていますが、分かりやすく表現すると「人付き合いの技術」と言えます。

講演の中では以下のような図を用いて、上記のプロセスが解説されました。この図には、意中の人に思いを伝えて恋を成就させるという対人目標の達成をめざして、自分の感情状態を適切にコントロールしながら、自分の発言内容や振る舞いを、その場に相応しいものにしていくというプロセスが示されています。その際には、もちろんリアクションなども観察しながら、相手の考えや気持ちを適切に理解することが必要不可欠になります。ソーシャルスキルを高めるということは、この一連の流れの各要素を適切に行えるようになるということです。

ソーシャルスキルは管理職に限らず誰しもに重要な能力であり、そのスキルの不足は、本人にとっても所属している組織にとっても、大きな損失をもたらすことになります。その損失の最たるものが、メンタルヘルス不調です。組織の中で適切な振る舞いができなければ、本人は人間関係のストレスを抱えることになりますし、人間関係が円滑でないことは業務の進行にも影響を与える恐れがあります。そのようなストレス因がある時、適切なソーシャルスキルが身についていれば、周囲からのサポートを得ることもできますが、そうでない場合はストレス状況を解消するための手段の幅が狭まってしまい、やがてはメンタルヘルス不調へと発展していきます。

一方で、ソーシャルスキルは、やはり管理監督者にとってこそ、必要不可欠な能力であると言えるかもしれません。企業の管理職の方からは「パワハラにならないようコミュニケーションするためには、どうしたら良いか?」という質問を受けることが多いですが、その答えはまさしく「適切なソーシャルスキルを理解し、実際のコミュニケーション場面で練習を繰り返しながら、そのスキルを磨いていく」ということになるでしょう。裏を返すとハラスメントが生じているコミュニケーションとは、ソーシャルスキルの構成要素の全て、あるいはいずれかが上手く達成されていない状態であると言えます。

ソーシャルスキルの実践指南とワークエンゲージメント

講演の後半では、「部下との距離をつめるスキル」「叱り方と褒め方」「部下をバックアップするスキル」などの、いくつかの具体的な状況を想定したアドバイスが提案され、内容はより実践的な内容へと進んでいきました。詳細は、田中教授の著書「上司と部下のためのソーシャルスキル」(サイエンス社)に詳しくまとめられていますので、興味を持たれた方には、ご一読をお勧めいたします。

本講演のメインテーマは、主に職場でのコミュニケーションでしたが、最後には「ワークエンゲージメント」についても紹介がなされました。ワークエンゲージメントとは、「仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であり、活力・熱意・没頭によって特徴付けられるもの」であり、「仕事に向けられた持続的かつ全般的な感情と認知」と定義されています。よりシンプルに言い表すと「いきいきと仕事に向かっている状態」と表現できるかもしれません。講演の中では、ワークエンゲージメントを高めることの重要性についても解説がなされ、上司と部下の双方がソーシャルスキルを身につけ、互いに助け合える関係を形成することも、ワークエンゲージメントの向上に寄与するものであると紹介されました。

非常に盛りだくさんの内容でしたが、参加者の皆様には熱心にご聴講いただきました。

参考図書

相川 充・田中健吾 2015 上司と部下のためのソーシャルスキル,サイエンス社,東京.
*上記書名および画像から、外部サイト(Amazon.jp)にリンクしています。

本記事は講師の許可を得て日本ストレスマネジメント研究所が独自にまとめたものです。

後編はこちら

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